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    「ES細胞の混入ではない」という証拠が多すぎて、肝心の証拠のひとつが抜けてしまっていた。小保方氏が盗んだとされた冷凍庫の中から見つかった「129/GFP ES」についての状況証拠である。

    調査委員会ではSTAP幹細胞、「FLS」はこの「129/GFP ES」の混入により作られたと結論付けている。理由は、「129/GFP ES」が「FLS」と酷似だったからである。ここで、「FLS」と「129/GFP ES」にはAcr/CAG-GFPが挿入されており、これは大田氏が若山研に在籍していたときに作ったES細胞、「FES1」と酷似であった。そこで、「FES1」が「129/GFP ES」として残り、それが混入して「FLS」になったとされている。

    まず、話を進める前に前提条件として以下のことを挙げておく。

    調査委員会の結論「STAP細胞はES細胞の混入」であれば、「小保方氏が」、「故意に」ということになる。①、②を考えればそれ以外の答えは見つからない。

    ①調査委員会が調べたSTAP関連細胞は5種類、28株あり、これが全てESの混入で作られているから、その機会を持つ者は小保方氏か若山氏しかいない。そして、偶然には起こり得ないことは明らかだ。
    ②動機は若山氏にはなく、小保方氏にある。

    そこで、小保方氏が故意に混入させたとして「129/GFP ES」について考えてみる。小保方氏が実験でCAG-GFP入りの129B6F1マウスが使われることを知り、それに見合った大田ES細胞を若山研で探し出すストーリーである。

    ところが、そのストーリーはいきなり暗礁に乗り上げてしまう。調査委員会の報告書P14に次の記述がある。

    「ES 細胞混入のもう 1 つの謎は、ES 細胞 FES1 がどのようにして STAP 細胞研究時のCDB 若山研に存在したかである。ES 細胞 FES1 は 2005 年に当時の CDB 若山研メンバーによって樹立されたが、その後、研究に使わず、2010 年 3 月(CDB 若山研で STAP 研究が始まる前)に転出した時に ES 細胞 FES1 の凍結保存試料を全部持ち出して CDB 若山研には残さなかったとされている。当時の CDB 若山研メンバーへの質問状と聞き取り調査、および関係者の実験ノートの調査でも、当該メンバー以外に ES 細胞 FES1 を使用した者は見つからなかった。」

    小保方氏が理研に来たときには、そのES細胞はなかったのである。なかったとするとこれで話は終わってしまうので、大田氏が若山研に置き忘れていたとして話を続けよう。

    小保方氏はこれに見合う大田ES細胞が若山研にあることを知る。知ったことにしないと話が続かない。そこでそれを使おうとするが大田氏は1年前に京大に移っているのを知り、がっかりする。本人が転出しているのにES細胞だけ残っているとは普通、考えないだろう。

    すると、ここで終わってしまうので、さらに続けて、どこかに残ってないか若山研の冷凍庫の中を物色することにする。ところが、チューブのラベルに書かれているのは「129/GFP ES」だ。これでは、「129/GFP ES」が大田ES細胞だと分かるはずがない。結局、どうやっても、小保方氏が大田ES細胞を見つけることは不可能なのである。

    では、少し話の展開を変えてみよう。この「FES1」ついては日経サイエンス2015年3月号に次のように書かれている。

    「大田氏はラベルに『129B6F1 GFP FES-1』と書き、このほかに性別、凍結日、継代回数などを書いていたという。」

    元々のチューブのラベルには大田氏が書いたラベルが貼られていた。しかし、大田氏の名前はない。「129B6F1」とあるので、マウスの系統は一致している。しかし、「GFP」だけではどんな種類のGFPか分からない。凍結日をみると2005年12月7日である。さて、小保方氏はこれを大田ES細胞だと果たして知ることができただろうか。同じく日経サイエンスには次のような記述がある。

    「経緯は不明だが、小保方氏の研究室の冷凍庫にその細胞はあった。日経サイエンスが入手した内部資料によると、その冷凍庫にはすでに帰国した留学生が樹立した別の核移植ES細胞のチューブが80本ほど箱ごとに入っていたほか、さらに100本を超える細胞の入ったチューブがあった。市販のヒト細胞のチューブや2014年3月12日の日付が書かれたチューブなど、中身が明確なものもあったが、ラベルの記載が十分で、中身がどういう細胞であるかがよくわからないチューブも多かった。」

    さて、既に1年前に理研を離れた大田ES細胞を、小保方氏がまだ残っているはずだと思い、若山研から盗んだとされるチューブだけでも80本近いチューブがあるのに、実際に若山研で管理されているチューブの中から、大田ES細胞を特定して探し出すことが果たして可能だろうか。状況からして、やはり、それはあり得ないことだと思う。


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    2015.11.17 Tue l STAP細胞事件 l コメント (0) トラックバック (0) l top

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