ES細胞、129/GFP ESは混入したのではなく、STAP幹細胞、FLS3より後に作られていると書いたが、このES細胞について「桂調査委員会」は報告書P14で次のように書いている。

    「しかし、CDB 若山研が終了した後に小保方研のフリーザーに残っていた「129/GFP ES」と書かれた試料が見つかった。この試料はゲノム解析により ES 細胞 FES1 とほぼ同一であることが判明したが、この試料については、調査委員会の質問に対し、小保方氏、若山氏をはじめ、CDB 若山研メンバーは全く知らないという回答であった。したがって、ES 細胞 FES1 がどのようにして STAP 細胞等の作製時に混入したのかは、謎のまま残った。」

    さて、ここで元のES細胞、FES1は若山研に在籍した大田氏が2003年、若山研が導入した岡部マウスを使って樹立したES細胞で2005年12月7日に凍結したものである。このFES1についても調査がなされ、同じく報告書P14には次のように書かれている。

    「ES 細胞混入のもう 1 つの謎は、ES 細胞 FES1 がどのようにして STAP 細胞研究時のCDB 若山研に存在したかである。ES 細胞 FES1 は 2005 年に当時の CDB 若山研メンバーによって樹立されたが、その後、研究に使わず、2010 年 3 月(CDB 若山研で STAP 研究が始まる前)に転出した時に ES 細胞 FES1 の凍結保存試料を全部持ち出して CDB 若山研には残さなかったとされている。当時の CDB 若山研メンバーへの質問状と聞き取り調査、および関係者の実験ノートの調査でも、当該メンバー以外に ES 細胞 FES1 を使用した者は見つからなかった。」

    つまり、小保方氏が着任する1年前にこのFES1は持ち出されており、STAP幹細胞、FLS3に対応するES細胞は若山研には無かったのである。若山氏もKnoepfler氏に「129B6GFPマウスからSTAP幹細胞を樹立したときは、その種のES細胞株を持っていませんでした。」と答えていることからも、これは裏付けられている。

    それが、忽然と小保方研のフリーザーから「129/GFP ES」というラベルが貼られて見つかったのである。

    ここで、
    ①ES細胞、129/GFP ESはSTAP幹細胞、FLS3の後で作られている。
    ②元になるES細胞、FES1は1年前に引き上げられており、若山研にはない。
    ③遺伝的背景はFLS3と129/GFP ESは酷似である。

    これらを無理なく説明するとすれば、「129/GFP ESはES細胞ではなく、STAP幹細胞、FLS3から培養して作られたSTAP幹細胞である。」しかない。

    STAP細胞は大きさがES細胞の1/2しかなく見た目で判断がつくが、STAP幹細胞になるとES細胞様になるという。このFLS3がどうしてFES1と同じになったかについては、少し複雑なので別途、まとめて解説するつもりだが、これが小保方研で作者不詳で見つかったのは、小保方氏がES細胞を混入してSTAP細胞を作ったと言わんがため、悪意ある第三者によって置かれたということしか考えられない。次回は小保方氏に敵意を持つ第三者の存在について書こうと思う。

    STAP関連細胞年表

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    2015.07.22 Wed l STAP細胞事件 l コメント (0) トラックバック (0) l top

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