2015年9月24日、理研CDBがSTAP細胞の調査結果をネイチャーのブリーフ・コミュニケーションに投稿したものがある。題名は「STAP cells are derived from ES cells」(STAP細胞はES細胞由来)である。しかし、面白いことに、「STAP細胞はES細胞由来ではない」というデータがExtended Data Fig. 2Cに掲載されている。それは下の6番染色体のSNP分布図である。

    ある生物種集団のゲノム塩基配列中にはSNP(一塩基多型)と呼ばれる、およそ1000塩基に1個の割合で多様性が見られる塩基が存在する。SNPはその位置が特定されており、その塩基の型を調べることで、個体の持つ固有の特質を知ることができる。このSNP分布図は129型とB6型を識別するSNPのゲノムパターンを基にSNPを色分けしモザイク化したものである。

    6番染色体

    ここで、①はSTAP幹細胞、②はES細胞、③はSTAP細胞で⑤と⑥は若山研で飼育されていたマウスである。④は別の系統のマウスから作られたSTAP幹細胞である。①、②、③は⑤と⑥のマウスの掛け合わせ(129B6F1マウス)で作られている。このため、①、②、③は⑤の青(129ホモ)と⑥のピンク(B6ホモ)の掛け合わせとなり、SNP分布図は全体的に緑(B6/129)となる。ここで⑤のAの部分が青でなく緑なのは、そのマウスの遺伝的背景が不均一で、その個所にB6が混ざっているからである。これに⑥のピンク(B6ホモ)が掛け合わさり、①、②、③のその部分はピンク(B6ホモ)になったということである。

    129B6F1マウスから作られたES細胞は6株あり、129B6F1 ES1~6である。調査委員会は、この図にはないが、③のSTAP細胞は129B6F1 ES1由来であり、それから①STAP幹細胞、AC129-1が作られたとしている。①AC129-1と③のSTAP細胞はピンクのパターンが同じであり、STAP細胞はES細胞由来と言えそうであるが、実はそう単純ではない。

    この図の赤枠部分を拡大して、コントラストを変えたのが下の図である。

    SNP相違

    青い点線で囲んだところをみると、①、②、③は明らかにパターンが違っている。その他に、上の図をよく見ると所々、ピンクの部分が違っているのが分かる。

    STAP細胞はES細胞由来というのは、同じES細胞、もしくはそれを培養した細胞株ということである。SNPはマウスで約300万個あると言われている。その中のSNPが細胞株の培養によってどのくらい変異するかというと、調査委員会の調査したSTAP幹細胞FLS3とES細胞129/GFP ES(FLS3を培養したもの)では、近縁率(一致率)が99.95%であった(詳細はここをクリック)。つまり、培養により変異したSNPは、SNP1万個に対して5個である。

    マウスの染色体は性染色体の他、1番~19番まである。このため、ざっくり言うと6番染色体のSNP分布図は約15万個のSNPを色分けしたモザイク画ということになる。ここで培養変異で型が変わるのは、そのうちわずか75個である。しかも、この変異はランダムに起こると考えられる。このため、同一細胞由来であれば、培養による変異はSNP分布図には表れず、その違いが分からないことになる。違いがあれば細胞株が違うということである。②は129B6F1 ES1と同時期につくられたES細胞であるが、受精卵ES細胞なので、①と③とは別の細胞株であり、そのため①、③とは別パターンとなっているのである。

    ①のSTAP幹細胞、AC129-1が樹立されたのは2012年8月13日である。③は2012年夏にSTAP細胞をGRAS(CDB ゲノム資源解析ユニット)に持ち込んだときのDNAを解析したものである。この③が①と違うということは、小保方氏がSTAP細胞としてGRASに持ち込んだ細胞株は、混入したとされるES細胞、129B6F1 ES1ではなかったことになる。それは、CAG-GFPを持つ129マウスとCAG-GFPを持つB6マウスの別の仔マウスから作られた別の細胞株であり、それはSTAP細胞だったと考えられるのである。そして、このSTAP細胞はES細胞のように培養できないので、解析で使われただけで、そこからSTAP幹細胞は作られていなかったということである。

    少なくとも、このExtended Data Fig. 2Cから言えるのは、STAP細胞はES細胞由来とは言えないということである。

    STAP ChIP LysateはSTAP細胞唯一の生データである。理研CDBはSTAP細胞がES細胞由来であることを、この生データとES細胞129B6F1 ES1およびSTAP幹細胞AC129-1のゲノムを解析することで証明できると思ったはずである。ところが実際に解析するとSTAP幹細胞AC129-1とES細胞129B6F1 ES1は一致したが、STAP ChIP Lysateは予想に反して一致しなかったのである。ここで、129B6F1 ES1がAC129-1と同じになるのは、129B6F1 ES1がAC129-1を培養して逆に作られているからである。

    このため、三者を並べて載せるとSTAP細胞だけパターンが違うことになり、載せるわけにはいかなくなった。そこでピンクの長さが短いES6を載せ、STAP幹細胞とSTAP細胞が、さも一致しているように見せかけたということになる。

    おそらく、理研CDBの解析担当者は「STAP細胞がES細胞由来でない」ことに気付いたはずである。それを、調査が紛糾して特定研究開発法人の指定が棚上げされることを恐れた理研幹部が早期決着を図るため、強引にES細胞の混入で押し切り、調査委員会がそれを追認したというのが真相ではないだろうか。


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    2016.02.19 Fri l STAP細胞事件 l コメント (7) トラックバック (0) l top
    「ES混入偽装説」の肝は酷似とされるES細胞がSTAP幹細胞そのものだということである。一見、突拍子もない話にみえるが、STAP幹細胞、FLSについて考えると、それ以外の答えが見つからない。

    ①FLSに混入したというES細胞、FES1は小保方氏着任1年前に引き上げられたはずのES細胞で当時の若山研にはなかった。
    ②FES1と酷似の129/GFP ESが小保方氏の冷凍庫から見つかった。それは小保方氏が盗んだと疑いを掛けられた箱の中にあった。
    ③129/GFP ESを作った人物は不明で作成日も不明である。そのES細胞については誰も知らないと言っている。
    ④129/GFP ESはFLSと酷似であるが、FLSの後に作られている。

    これから考えると、小保方氏がES細胞を混入させSTAP細胞を作ったと言わんがために、誰かが小保方氏の冷凍庫に129/GFP ESを置いたということになる。では、若山研にないES細胞をどうやって作ったかだが、FLSと酷似であるから129/GFP ESはFLSだと考えることができる。じゃあ、1年前に引き上げられたFES1とどうして酷似なのかというと、それもFLSだからである。

    理研はSTAP論文発表時に、STAP幹細胞は電子顕微鏡でみてもES細胞と酷似した形態と紹介している。両者は胎児を作れ胎盤には寄与しないという細胞の性質も同じで、どちらも2i+LIFの培地で培養でき、増殖率も変わらない。このため、STAP幹細胞にES細胞というラベルを貼ればES細胞になるのである。

    STAP幹細胞

    STAP細胞は脾臓のリンパ球を取り出して、酸処理して作る。このSTAP細胞は胎児の他、胎盤にも寄与するのでES細胞より、受精卵に近いといえる。ES細胞は胚盤胞の内部細胞塊を取り出して作ったものである。このため、STAP細胞をin vitro(試験管内)で培養していくと、ある時点でES細胞様になると考えられる。これを図で表すと以下のようになる。

    概念図_convert

    参考に、昨年の11月にネイチャーの姉妹誌に掲載され、STAP現象だと話題になったVojnits論文についても書き足している。このVojnits論文はマウスの骨格筋を損傷させ細胞を単離して調べるとその細胞は多能性を持っていることが分かり、それをiMuSC細胞と名付けたというものである。分化した細胞がin vivo(生体内)で損傷という物理刺激により、部分的なリプログラミングが起きていることを発見したと書かれている。部分的なリプログラミングというのはiMuSC細胞でキメラは出来たが、生殖細胞には入っておらず、ジャームライントランスミッションは確認できなかったからである。従って、このiMuSC細胞のリプログラミングはES細胞までには到達していないことになる。この概念図をみればSTAP細胞がいかに画期的な発見だったか、あらためて分かるというものだ。


    2016.02.12 Fri l STAP細胞事件 l コメント (0) トラックバック (0) l top
    STAP幹細胞、FLSに混入したとされたES細胞はFES1であり、小保方氏の着任1年前に京大に引き上げられたはずのES細胞である。それが何故、混入したとされたかというと、それと酷似のES細胞、129/GFP ESが小保方氏の冷凍庫で見つかったからである。しかし、調査委員会はFLSはFES1由来であるとしているだけで、129/GFP ESが混入したとは一言も書いていない。実は、書けないのである。129/GFP ESは作者不詳、作成日不明でFLSより先に作られている証拠はない。加えて、遺伝子解析で129/GFP ESはFES1からみるとFLSより一致度が低い。このため作製順としてはFES1→FLS→129/GFP ESの順となり、とても混入したとは言えないのである。結局、FLSについてはES細胞が混入したとする直接的な証拠はないのである。

    一方、当時の若山研ではマウスから実際にSTAP幹細胞、FLSが作れる環境にあったことが調査委員会の報告書から見てとれる。それはP29に次のように書かれている。

    「STAP幹細胞FLSから作製した4Nキメラを戻し交配して得た子にGFPを含まないマウスが含まれていた。このことは、STAP幹細胞FLSを作成したマウスは129(CAG-GFPホモ)とB6(CAG-GFPホモ)を交配したF1であるとの、若山氏の認識と矛盾する結果だが、若山氏と小保方氏はこの矛盾について、それ以上の追求をしなかった。」

    4Nキメラというのは特殊なキメラで注入した遺伝子のみを持って生まれてくるキメラである。また、戻し交配とは、生まれてきた子とその片親を交配させるものである。4Nキメラから戻し交配する実験というのは、ジャームライントランスミッションのことだろう。ジャームライントランスミッションについては告白本「あの日」に次のように書かれている。

    「キメラマウス作製は初期胚の中に注入した細胞が個体を形成するさまざまな細胞になれる能力があるかどうかを確認するための実験だが、精子や卵子といった生殖細胞にもなることができ遺伝情報が次世代へ伝承される現象をジャームライントランスミッションと呼ぶ。ジャームライントランスミッションを観察するためにはキメラマウスに子供を産ませ、その子供がキメラマウス作製時時に注入された細胞の遺伝子を有しているかを調べることで判定できる。」

    調査委員会の解析結果でFLSはGFPを持たないメスの129X1マウスとオスのAcr/CAG-GFPをもつB6マウスから作られている。Acr/CAG-GFPをもつB6マウスは若山研が2003年に大阪大学の岡部研より導入しており、岡部マウスとして、最小コロニーで飼育されていたことが分かっている。一方、129X1は市販の129系マウスである。この調査委員会の報告内容からSTAP幹細胞FLSを作り、4Nキメラを作って戻し交配した図を示すと下のようになるが、その生まれた子の半数はGFPを持たなかったというのであるから、GFPを持たない市販の129系マウスがいたのは明らかである。

    ジャームライン

    FLSは8株あるが全部オスである。これもES細胞の混入の証拠とされたのだが、これはオスの仔マウスを選別してSTAP細胞を作ったからだと思われる。生まれた子はGFPを持たない129系のメス親と交配させるので、オスでなければならない。GFPなしのメス親と掛け合わせて、GFPを持つ子が生れてくれば、ジャームライントランスミッションの証明となるのである。

    ここで、不思議なのは若山氏が129系にもCAG-GFPを使う予定だったとしていることである。親にGFPが入っていれば戻し交配の子は全てGFPを持ち、キメラのGFPかどうか区別できず、それではジャームライントランスミッションの証明が出来ない。これは、告白本「あの日」にも次のように書かれているところをみると、若山氏が単に思い違いをしていたということなのだろうか。

    「今回の実験系の場合、実験が正しく行われていたならば、生まれてくる子供たちはすべてGFP陽性で緑に光るはずだった。ところが、若山先生から、『生まれてきた子供たちの半数にGFPの発現がなかった』という結果を聞かされた。『どうしてですか?』と伺うと、『僕のマウスコロニーがおかしいみたい』とおっしゃった。」

    「STAP細胞はES細胞の混入である」は「STAP関連細胞株と酷似のES細胞がある」というだけで、混入を示す証拠はない。「STAP細胞があったとすると矛盾する」証拠が見つかっているわけではなく、間接的に「STAP細胞はない」となっているだけである。一方で、「STAP細胞は作れる環境にあった」という証拠が存在し、STAP細胞があったとしても矛盾はないのである。

    2016.02.11 Thu l STAP細胞事件 l コメント (0) トラックバック (0) l top
    「STAP細胞事件」でもっとも不可解な解析結果のひとつに、小保方氏が保管していたテラトーマサンプルの解析結果がある。小保方氏がOct4-GFPをもつSTAP細胞によりテラトーマを作ったにも関わらず、そのテラトーマのサンプルからはOct4-GFPが見つからず、Acr/CAG-GFP(アクロシン)が検出され(①と②)、また、一部の組織ではいずれのGFPも検出されず(③)、ホストマウスの組織だと解析されたからだ。

    スライドグラス_convert

    ES細胞のような多能性細胞を免疫不全マウスに移植すると、増殖しながら勝手に様々な組織に分化するのでテラトーマ(奇形腫)ができる。このため、移植したSTAP細胞でテラトーマが出来れば、STAP細胞が多能性を持っている証拠になる。STAP細胞からSTAP幹細胞、FI幹細胞、キメラを作ったのは若山氏であるが、テラトーマを作ったのは小保方氏である。そのため、他人の手が入っていないテラトーマの解析結果はより注目されていた。

    テラトーマの担当が小保方氏だったのには理由がある。STAP細胞はほとんど増殖しないので、そのまま移植してもテラトーマを形成しない。そのためハーバードのバカンティ研で組織工学のノウハウを習得していた小保方氏が担当したのである。Article論文にはSTAP細胞を特殊な3ミリ角のメッシュに播種したものを培養して皮下移植したことが書かれている。

    小保方氏はテラトーマの実験を複数回行っている。12月27日に行った移植については、実験ノート(左)が公開されており、3匹の免疫不全マウスに移植した記述がある。また、テラトーマの様子が書かれている実験ノート(右)も公開されている。左の移植部位と右のテラトーマの位置は違うのだが、さて、この右の実験ノートは12月27日に移植して出来たテラトーマのものだろうか。

    実験ノート_convert


    ここで、テラトーマの実験に関して、告白本「あの日」では、次のように書かれている。

    「STAP細胞からのテラトーマの実験も複数回行われていたが、それらのサンプルもなくなっていた。後の9月3日に設立された第二次調査委員会によって実際に解析されたキメラマウスは、若山先生から「成功したキメラ」として渡され、DNA抽出が若山研の他のスタッフによって行われ、DNAとして保存されていたものだった。テラトーマに関しては、私がアメリカ出張の間にできてきたサンプルだった。そして調査の結果それらは、すべて既存のES細胞由来だったと結論つけられた。」

    調査委員会で解析したのは12月27日に移植したテラトーマであるから、アメリカ出張の間にできてきたサンプルとはこのテラトーマのことで、これがアクロシン入り(Acr/CAG-GFP)でES細胞由来とされたことになる。

    さて、ここからテラトーマの怪についての考察になるが、かなり憶測を重ねているので、そうだとすれば説明が付くというぐらいに思って読んでもらいたい。

    12月27日の実験ノートはNo2から始まっていて、No1がない。このNoは免疫不全マウスの通し番号だと思われる。No1(マウスの識別では「左カット」になるだろう)は、おそらく、STAP幹細胞を使ってのテラトーマの実験に使われるものだったのではないだろうか。

    このテラトーマの移植前には4Nキメラが作られている。2011年11月28日に撮影された4Nキメラは129B6F1マウスのSTAP細胞から作られたものである。最初のSTAP幹細胞がそうであったように、キメラを作った残りのSTAP細胞で、STAP幹細胞が作られている可能性があるのだ。このときのB6マウスはアクロシンGFPを持った岡部マウスであり、このSTAP幹細胞を使って、若山研ではNo1にテラトーマを作っていたのではないだろうか。STAP幹細胞であればES細胞と同様に増殖するので、この移植作業は小保方氏でなくても出来る。

    小保方氏の12月27日の移植であるが、これは失敗に終わったのではないだろうか。論文では、移植前に10^7個のSTAP細胞を24回時間培養したと書かれているが、実験ノートにはそれより2桁少ない10^5で、マウスを手に入れた同じ日に移植している。培養時間はせいぜい半日程度であろう。このため、テラトーマは出来なかった。犯人は、その失敗したマウスにSTAP幹細胞を移植してテラトーマを作り、小保方氏にテラトーマが出来たと思わせたのではないだろうか。

    帰国した小保方氏は出来ていたテラトーマを取り出し、パラフィンブロックとスライドグラスを作ったのだろう。そうであれば、スライドグラスに「6Weeks+PGA 12/27移植 Haruko」(PGAはPFA(パラホルムアルデヒド)の間違い?)の文字が書かれていてもおかしくない。おそらくテラトーマが出来た位置は実験ノーに記した部位とは違っていただろう。テラトーマが出来なければどこに移植したのか分からないからである。ここで、ホストマウスの組織があるのは、小保方氏が実験ノートに記した移植した部位を切り出したので、それがホストマウスの組織となったのではないだろうか。

    テラトーマのサンプルにおいて、この12月27日作製のサンプルだけが残された理由は、それが犯人が作ったテラトーマだったからということになる。そして目論見通り、調査委員会はES細胞の混入であると結論付けたのである。



    2016.02.10 Wed l STAP細胞事件 l コメント (4) トラックバック (0) l top
    テラトーマの話に移る前に、告白本「あの日」により、新たに分かったことを書いておこう。テラトーマを説明する前振りにもなる話である。

    最初に作られたSTAP幹細胞は2011年11月25日のGOF(Oct4-GFPを持つB6)マウスから作製されたSTAP幹細胞だと思っていた。理由は、若山研がCDBから山梨大へ実験室を移したときの移管書で、GOF(B6)マウスから作製したGL-1 to -8という細胞株の樹立日が一番早かったからだ。

    移管書_convert

    ところが、告白本「あの日」によると、それより早く樹立されたSTAP幹細胞があったことが書かれている。

    「ある日、若山先生から、『ES細胞にはES細胞が樹立しやすい系統のマウスと樹立が難しい系統のマウスが存在している。また、クローンマウスを作りやすい系統のマウスが存在しているから、その系統のマウスを使って小保方さんのキメラマウスの作製を行ってみたい』とご提案いただいた。若山先生が準備してくれたマウスは129×B6F1と呼ばれるマウスで129という系統のマウスとB6という系統のマウスを交配させて作製した雑種の赤ちゃんマウスだった。」

    「何度か繰り返し実験を行ったが、やはりキメラマウスはできてこなかった。それにもかかわらず、若山先生はあきらめずに実験を繰り返してくださった。ある日いつも通りスフェアを渡すと、『これまではスフェアをバラバラの細胞にしてから初期胚に注入していたが、今日からはマイクロナイフで切って小さくした細胞塊を初期胚に注入してキメラマウスを作ることにした』とおっしゃった。それから10日後、若山先生からキメラができたと連絡を受けた。その上、残りの細胞をES細胞樹立用の培養液で培養したらES細胞様に増えだしたと報告された。毎日、スフェア細胞を培養し観察していた私は、細胞が増える気配すら感じたことがなかったので大変驚いた。」


    ここで、ES細胞樹立用の培養液で培養したらES細胞様に増えだしたというのはSTAP細胞がSTAP幹細胞になったということを意味する。つまり、一番、早いSTAP幹細胞はGOFマウスではなく129B6F1マウスから作られているのである。キメラマウスの実験が本格的になったのは2011年10月からであり、おそらく10月から11月にかけて最初のSTAP幹細胞が出来ていたことになる。その後、GOFマウスのSTAP幹細胞が樹立されたということだ。ここで、GL-1 to -8にはキメラ胚×10と書かれており、GOFマウスから作られたキメラ胚もあったことが窺える。

    STAP細胞は培養が難しく時間が経つと死滅してしまうが、STAP幹細胞は培養出来るので保存ができる。移管書によれば、129B6F1マウスから作られた最初のSTAP幹細胞は2012年1月31日のFLS-1とFLB-1 to 8ということになるが、その2カ月以上前に129B6F1マウスから作られたSTAP幹細胞があったことになる。この最初の記念すべきSTAP幹細胞が移管書には書かれていないのである。

    ここで、この移管書(本の中ではMTAと書かれている)について、告白本「あの日」では次のよう書かれている。

    「本来なら理研で作製されたサンプル等は理研に所有権があるため、理研外に持ち出す際には研究成果有体物移転契約書(MTA)と呼ばれる書類を作成し、何をいくつ持って行くかの契約を交わす必要がある。若山先生はMTAもされていないので『何をいくつ持って行ったのかは若山さんの自己申告以外にない』と事務の人に説明された。のちに「(MTAを交さないと)このままでは窃盗で訴える』と理研が若山先生に言ったところ『慌てて書類を出してきた』と理研の幹部の人が教えてくれた。そのため、若山先生が理研と交わしたMTAは若山先生の自己申告による事後契約となっている」

    このため、山梨大の若山研にはこの移管書には書かれていない他のSTAP関連細胞株が存在する可能性がある。

    Letter論文のExtended Data Fig.1aの2NキメラはArticle論文のExtended Data Fig.7dと同じ4Nキメラで、調査報告書P21に、PCに残っていた写真と若山氏の実験ノートから、この写真が撮られたのは2011年11月28日であると書かれている。このキメラ胚は論文によれば、129/SvとGOFマウス(CAG-GFPのB6)の129B6F1マウス(B6GFP×129/Svは誤り)であり、ほぼGL-1 to -8と同時期に作られたものである。これについてもSTAP幹細胞が作られている可能性がある。

    この頃に129B6F1のSTAP幹細胞が作られていたと仮定すると、Oct4-GFPであるはずのテラトーマのサンプルに、Oct4-GFPではなく、Acr/CAG-GFPが検出されたという不可解な謎も解くことができるのである。


    2016.02.06 Sat l STAP細胞事件 l コメント (4) トラックバック (0) l top
    小保方氏の告白本「あの日」の内容を参考に、書き残したテーマについて書いてみようと思う。「あの日」には、小保方研で保管していたサンプルの一部がなくなっていたことが書かれている。

    「細胞サンプルは3月の時点ですでに証拠保全され理研によって管理されていたが、細胞以外のキメラマウスやテラトーマなどのサンプルは閉鎖されていた小保方研に残されたままだった。竹市先生に『研究室に残っているサンプルを調査のために提出させてください』と申し出た。」

    「しかし、この際とても不可解な出来事に気づく。若山研にいた頃に作製され、大切に箱に保存していたサンプルのいくつかが、箱の中から消えていたのだ。特に重要な、ほぼすべての組織が初期胚に注入した細胞から形成されるSTAP細胞からの4Nキメラと呼ばれるサンプルのホルマリン漬け(①)などがなくなっていた。」

    「STAP細胞からのテラトーマの実験も複数回行われていたが、それらのサンプル(②)もなくなっていた。後の9月3日に設立された第二次調査委員会によって実際に解析されたキメラマウスは、若山先生から「成功したキメラ」(③)として渡され、DNA抽出が若山研の他のスタッフによって行われ、DNAとして保存されていたものだった。テラトーマに関しては、私がアメリカ出張の間にできてきたサンプル(④)だった。そして調査の結果それらは、すべて既存のES細胞由来だったと結論つけられた。」


    ①はSTAP細胞の存在を示す決定的な証拠と言われた「光る胎盤」のことであろう。ES細胞では胎盤には寄与しないので「光る胎盤」はSTAP細胞はES細胞ではないという明らかな証拠となるものである。2014年4月9日の会見で、この「光る胎盤」について聞かれた小保方氏は、「保定器の中に保存してあります」と答えていた。


    小保方氏記者会見(2014年4月9日)-質疑応答は1:45:20から

    ところが、12月26日の調査委員会の報告で、この「光る胎盤」について聞かれた桂調査委員長の回答は奥歯に物が挟まったように実にあいまいであった。おそらく、なくなっていたのだろうと思っていたが、案の定である。杜撰な管理を批判されるのを恐れた理研が、この重要なサンプルが「なくなっていたので、解析できませんでした。」と言わないよう、調査委員会の口を封じていたのだ。


    調査委員会記者会見(2014年12月26日)-質疑応答は43:30から

    小保方研からなくなっているのはSTAP細胞から直接作られたサンプルである。STAP細胞はその都度、仔マウスから作られるので、それぞれ別の遺伝子を持つ。そのため、サンプルのDNAを調べられると混入したとされるES細胞とは異なることが分かり、ES細胞混入の根拠を失ってしまう。また、サンプルにはキメラで「光る胎盤」が出来たように既存のES細胞には見られない特徴が見つかるかも知れない。細胞株なら解析時にすり替えも出来るが、キメラやテラトーマはすり替えが出来ない。このため、犯人はサンプルそのものを消す必要があったのである。従って、小保方研に残されていたサンプルは、犯人にとっては問題のないサンプルだったということができる。

    また、小保方氏は若山研が理研CDBから山梨大に実験室を移したときの状況について、次のように書いている。

    「若山研の凍結細胞が保存されていた冷凍庫は誰でも自由に出入りできる場所に置かれ、施錠などの管理はされていなかったが、引っ越しの際、細胞の保存がされていた冷凍庫の整理は若山先生によって行われていた。」

    「その後若山先生からメールでサンプルボックスを移動させるように指示が出され、私は自分のサンプルが置かれていた冷凍庫の引き出しに残されていたサンプルボックスをそのまま理研で引き継いだが、その前に若山先生は私の名前が書かれたサンプルボックスを開け、中身の一部を私には相談なく抜き取り山梨大に持ち出していたようだ。このようにして私に残されたサンプルボックスの中の細胞は、引っ越し時に若山先生によって選別されていたことを知る。」


    小保方氏がこのように書いたのは、2014年3月25日、理研に保存されているはずの凍結細胞サンプルが山梨大で解析され、小保方氏に渡したマウスの系統と違うと報道されたからである。しかし、若山氏が小保方氏のサンプルボックスを選別し持ち出すことはなかっただろうと思う。小保方氏は自分ではSTAP幹細胞を作れなかったと書いている。STAP幹細胞等を作ったのは若山氏であり、小保方氏が保管していた細胞株は株分けして若山氏自身も所持しており、それを持ち出したというのが実際のところではないだろうか。

    しかし、小保方氏が自分のサンプルボックスが選別されたと考えたとおり、犯人はこのとき、小保方氏が保管していたSTAP細胞の存在を示す細胞株(STAP幹細胞含む)を抜き取り、代わりに、混入したとされるES細胞、129/GFP ESを置いているはずである。2014年4月9日、小保方氏が保定器の中にあるといった「光る胎盤」も、そのとき、抜き取られていたのだろうと思う。

    2016.02.03 Wed l STAP細胞事件 l コメント (0) トラックバック (0) l top