STAP細胞事件は細胞株も多く、その関連が複雑で分かりにくい。今回はSTAP細胞事件を解く上でキーになるFES1~129/GFP ES~FLS3について、図でまとめて説明しようと思う。私が考えている犯行の手口とSTAP関連細胞株の関係を図に表すと次のようになる。

    犯行の手口

    この図で示したことは、調査委員会の調査結果と少しも矛盾しないはずだ。また、調査委員会の結論、「STAP細胞はES細胞の混入」では近縁率に矛盾が出るが、この図であれば、その近縁率についても矛盾なく説明できる。犯行の手口も、複雑なものではないことを分かってもらえるだろう。

    さて、私の説からすると、このような犯行を一人で行うことができる人物が存在することになるのだが、・・・・・。


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    2015.11.20 Fri l STAP細胞事件 l コメント (3) トラックバック (0) l top
    STAP細胞に関する理研CDBの論文がネイチャー(電子版)の2015年9月24日に載っている。論文の題は「STAP cells are derived from ES cells」だ。この論文のExtended Data Figure 1に詳細な染色体のSNPs分布図が掲載されている。調査委員会の資料に全染色体のSNPs分布があったが、個別の染色体を取り出した分布図で、下は11番染色体のものである。細胞株の名前を見やすい位置に配置換えしているが、捏造ではない。

    11番染色体

    図でB6/B6の組み合わせがピンク、B6/129が緑、129/129が青である。親が129とB6であれば通常、129/B6で緑色となる。ピンク(B6/B6)や青(129/129)があるのは、①減数分裂による遺伝子の組み換えが起こった②元々、親の遺伝的背景が不均一だったなどである。ここで細胞株はそれぞれ次のような細胞であった。

    ・FLS3:STAP幹細胞で2012年2月2日樹立。
    ・CTS1:FI幹細胞で2012年5月25日樹立。
    ・FES1:大田氏作製の受精卵ES細胞で2005年12月7日凍結。
    ・FES2:大田氏作製の受精卵ES細胞で2005年12月7日凍結。
    ・ntESG1:大田氏作製の核移植ES細胞で2007年8月13日凍結。
    ・ntESG2:大田氏作製の核移植ES細胞で2005年1月20日凍結。
    ・129/GFP ES:小保方氏の冷凍庫から見つかった細胞株。これによりSTAP幹細胞FLS3が作られたとされる。作者不詳、作成日不明。

    注目すべきはFES2である。目盛20~35くらいにかけてはntESG1、ntESG2と同じパターン、それ以降がFES1、FLS3、129/GFP ESのパターンである。

    私は調査委員会が調べた大田ES細胞、FES1はすり替えられており、実際にはSTAP幹細胞FLS3だと言ってきた。そして、FES2もおそらく本物ではないと考えていた。それは、FES1とFES2は同時期に作られているはずで、FES1をすり替えると、遺伝子解析でFES2との違いが鮮明に出てしまう。それをごまかすために混ぜ合わせているのではないかと思っていたのだ。この11番染色体のFES2のSNPs分布図はそれを証明していると思われる。FES2は本来のFES2とFLS3の混ぜ合わせである。

    日経サイエンス2015年3月号のP52に次の記述がある。

    「若山氏が使っているのはSLC社の白マウス129X1で、大田氏が好んで用いたのはクレア社の茶色マウス129+Terだ。論文に書かれていたのはクレアの129+Terだったが、遠藤氏はSTAP論文のNGSデータから、FLSの親マウスは129X1だと予測した。129X1マウスにはゲノムの所々にB6の黒マウスの配列が紛れ込んでおり、そのパターンがアクロシンプロモーターのあるSTAP幹細胞やFI幹細胞とよく似ていたからだ。」

    大田氏の作ったES細胞、FES1とFES2のメスは129X1ではなく論文通りクレア社の茶色マウス129+Terだったはずである。FES1はFLS3なのでもちろん129X1となる。このFES2が129X1と解析されたのはFLS3が混ざっているために129X1と解析されているはずだ。また、混ぜ物であるとするとFES2には3番と8番の染色体の欠失がみられないのも納得できる。欠失のある部分はFES2の染色体を拾ってくるので欠失が消失するのである。


    2015.11.19 Thu l STAP細胞事件 l コメント (0) トラックバック (0) l top
    「ES細胞の混入ではない」という証拠が多すぎて、肝心の証拠のひとつが抜けてしまっていた。小保方氏が盗んだとされた冷凍庫の中から見つかった「129/GFP ES」についての状況証拠である。

    調査委員会ではSTAP幹細胞、「FLS」はこの「129/GFP ES」の混入により作られたと結論付けている。理由は、「129/GFP ES」が「FLS」と酷似だったからである。ここで、「FLS」と「129/GFP ES」にはAcr/CAG-GFPが挿入されており、これは大田氏が若山研に在籍していたときに作ったES細胞、「FES1」と酷似であった。そこで、「FES1」が「129/GFP ES」として残り、それが混入して「FLS」になったとされている。

    まず、話を進める前に前提条件として以下のことを挙げておく。

    調査委員会の結論「STAP細胞はES細胞の混入」であれば、「小保方氏が」、「故意に」ということになる。①、②を考えればそれ以外の答えは見つからない。

    ①調査委員会が調べたSTAP関連細胞は5種類、28株あり、これが全てESの混入で作られているから、その機会を持つ者は小保方氏か若山氏しかいない。そして、偶然には起こり得ないことは明らかだ。
    ②動機は若山氏にはなく、小保方氏にある。

    そこで、小保方氏が故意に混入させたとして「129/GFP ES」について考えてみる。小保方氏が実験でCAG-GFP入りの129B6F1マウスが使われることを知り、それに見合った大田ES細胞を若山研で探し出すストーリーである。

    ところが、そのストーリーはいきなり暗礁に乗り上げてしまう。調査委員会の報告書P14に次の記述がある。

    「ES 細胞混入のもう 1 つの謎は、ES 細胞 FES1 がどのようにして STAP 細胞研究時のCDB 若山研に存在したかである。ES 細胞 FES1 は 2005 年に当時の CDB 若山研メンバーによって樹立されたが、その後、研究に使わず、2010 年 3 月(CDB 若山研で STAP 研究が始まる前)に転出した時に ES 細胞 FES1 の凍結保存試料を全部持ち出して CDB 若山研には残さなかったとされている。当時の CDB 若山研メンバーへの質問状と聞き取り調査、および関係者の実験ノートの調査でも、当該メンバー以外に ES 細胞 FES1 を使用した者は見つからなかった。」

    小保方氏が理研に来たときには、そのES細胞はなかったのである。なかったとするとこれで話は終わってしまうので、大田氏が若山研に置き忘れていたとして話を続けよう。

    小保方氏はこれに見合う大田ES細胞が若山研にあることを知る。知ったことにしないと話が続かない。そこでそれを使おうとするが大田氏は1年前に京大に移っているのを知り、がっかりする。本人が転出しているのにES細胞だけ残っているとは普通、考えないだろう。

    すると、ここで終わってしまうので、さらに続けて、どこかに残ってないか若山研の冷凍庫の中を物色することにする。ところが、チューブのラベルに書かれているのは「129/GFP ES」だ。これでは、「129/GFP ES」が大田ES細胞だと分かるはずがない。結局、どうやっても、小保方氏が大田ES細胞を見つけることは不可能なのである。

    では、少し話の展開を変えてみよう。この「FES1」ついては日経サイエンス2015年3月号に次のように書かれている。

    「大田氏はラベルに『129B6F1 GFP FES-1』と書き、このほかに性別、凍結日、継代回数などを書いていたという。」

    元々のチューブのラベルには大田氏が書いたラベルが貼られていた。しかし、大田氏の名前はない。「129B6F1」とあるので、マウスの系統は一致している。しかし、「GFP」だけではどんな種類のGFPか分からない。凍結日をみると2005年12月7日である。さて、小保方氏はこれを大田ES細胞だと果たして知ることができただろうか。同じく日経サイエンスには次のような記述がある。

    「経緯は不明だが、小保方氏の研究室の冷凍庫にその細胞はあった。日経サイエンスが入手した内部資料によると、その冷凍庫にはすでに帰国した留学生が樹立した別の核移植ES細胞のチューブが80本ほど箱ごとに入っていたほか、さらに100本を超える細胞の入ったチューブがあった。市販のヒト細胞のチューブや2014年3月12日の日付が書かれたチューブなど、中身が明確なものもあったが、ラベルの記載が十分で、中身がどういう細胞であるかがよくわからないチューブも多かった。」

    さて、既に1年前に理研を離れた大田ES細胞を、小保方氏がまだ残っているはずだと思い、若山研から盗んだとされるチューブだけでも80本近いチューブがあるのに、実際に若山研で管理されているチューブの中から、大田ES細胞を特定して探し出すことが果たして可能だろうか。状況からして、やはり、それはあり得ないことだと思う。


    2015.11.17 Tue l STAP細胞事件 l コメント (0) トラックバック (0) l top
    丹羽チームによる再現が部分的だったのはともかく、STAP細胞を作った本人の再現実験も同じだったのは意外だった。小保方氏がやれば再現できるだろうと思っていた。もっとも、なんとなく、そう思っていただけではあるが。その後、小保方氏の検証実験を終えてのコメントを読んでなるほどと思った。

    「どのような状況下であっても必ず十分な結果をと思い必死に過ごした 3 か月でした。予想をはるかに超えた制約の中での作業となり、細かな条件を検討できなかった事などが悔やまれますが、与えられた環境の中では魂の限界まで取り組み、今はただ疲れ切り、このような結果に留まってしまったことに大変困惑しております。」

    再現が部分的だったのは「予想をはるかに超えた制約」が原因だという。制約とは「論文に書かれていること以外はするな。」というものだったと思われる。その他に考えられるのは、立会人の存在である。立会人が置かれたために、実験時間に制約が出ているはずだ。

    STAP細胞は7日間の勝負である。小保方氏は細胞に張り付いてでも再現させるつもりだったに違いない。彼女のハードワーカー振りは論文が発表された直後の「SpermEgg Journal Club」掲示板のコメントに紹介されている。Cumulinaという人物は若山氏のはずだ。Cumulina(クムリナ)とは最初のクローンマウスに付けられた名前である。

    No. 2172 (2014/02/02 02:51) Cumulina
    べさま コメントをありがとうございます。核移植を一番の専門にしているのに、核移植のいらない初期化方法を発表して、自分で自分の首を絞めている論文の関係者です。今回の小保方さんの発見はすごすぎたのかレフェリーに相手にしてもらえず、ずいぶん苦労しました。いまマスコミでリケジョとか違う方向で話題になっていますが、本当にすごい研究者で膨大な実験を徹夜続きで行いました。論文ですが、サプリにたくさんのデータが乗っていますが、それもほんの一部です。たとえば細胞の樹立がなかなかできず、STAP細胞を注入したキメラ胚を使って初めて樹立に成功したデータは、当初それだけで論文にするつもりでしっかりした表と解析を行っていたのですが、途中から直接簡単に樹立できるようになり、葬り去られました。実験中にどんどん発展していったのでしょうがないですが、STAP細胞の将来がすごく楽しみです。


    2013年11月号のネイチャーダイジェストには医学生物学分野で、論文に記載された実験結果の7割が再現できないことが紹介されている。若山氏も実験室をハワイ大学からロックフェラー大学に移したとき、クローンマウスの作製に半年間、成功しなかったと述べている。つまり、生き物を扱う実験はそれほど微妙なのだ。小保方氏の再現実験は、そのような生き物を相手にかつ、制約の中で行われた実験だったのである。

    「STAP現象の検証」実験なら、インプットのマウスとアウトプットのSTAP細胞の遺伝子情報を付き合わせれば、その整合性は確認できるので、マウスの種類を知らせずに今まで通り作らせたら、それで良かったはずである。制約も立会人も監視カメラも新しい実験室もいらなかったはずだ。誰がそのような制限付きの実験を無理強いしたのか、非常に興味の湧くところである。

    小保方氏は手かせ足かせをされ、「世界新を出したと言うなら泳いでみろ」とプールに突き落とされ、前人未到の世界新は出なかったものの、それでも標準タイムで泳ぎ切ったということになる。

    2015.11.16 Mon l STAP細胞事件 l コメント (0) トラックバック (0) l top
    朝日新聞DIGITAL版の2015年9月24日に、米国や中国などの研究チーム、7グループが計133回の再現実験をしたが、いずれも成功せず、STAP細胞の存在を改めて否定する結果となり、それらをまとめた論文をネイチャー(電子版)に発表する旨が書かれていた。ネイチャーをみると論文は2014年11月10日に受付されている。従って、改めてではなく、STAP論文が発表され、当初、各国で再現に取り組んだときのものだ。

    若山氏は論文発表直後からSTAP細胞の再現は難しく、少なくとも1年は猶予をくれと話していた。この再現の難しさは、「STAP現象の検証」ですぐに明らかになった。

    STAP現象の再現に2014年4月1日から取り組んでいた丹羽チームは2014年8月27日に「中間報告」を行っているが、細胞塊すら出来なかったと報告している。

    「⑥これまで 22 回の実験を行い、①で定めた pH5.7 近傍の複数の条件で、③の処理時間も様々に変えて、④の条件の組み合わせを網羅する形で検討を進めた。しかしながら、いずれの条件下でも、論文に報告されたような細胞塊の出現を認めることはできなかった。」

    海外での再現実験は7グループで133回だから、各グループの再現実験はほぼ、この丹羽チームと同程度だったことが分かる。実際にSTAP細胞を作るところを見て、実験手技解説(プロトコールエクスチェンジ)を書いた丹羽氏が率いるチームでさえ再現出来ないのだから、海外の研究グループが再現出来ないのも、ある意味、無理もないことだと言える。

    そして、この中間報告書には次のように書かれている。

    「今後は、11 月末迄の期間に限って小保方氏の参画を得て、同氏による手技を第三者により確認する。」

    小保方氏が再現実験へ参加することが決まったのは7月1日であるが、実験室の用意等の準備があり、小保方氏の再現実験は9月頃から始まったものと思われる。小保方氏の再現実験は丹羽チームとは別に単独で行われている。その後、丹羽チームの再現実験では細胞塊ができ、少数ではあるものの、Oct3/4 を有意に発現する細胞ができ、部分的にSTAP細胞が再現されている。

    この再現実験の不調の理由はまず、プロトコールエクスチェンジに問題があったと思われる。

    丹羽氏は会見で、STAP論文の掲載が自分たちが思ってた以上に早かったので、書こうとしていた十分なプロトコールエクスチェンジを書くことが出来なかったと述べている。そこで、取り急ぎ、こうしたら出来ないというのを書いたと発言している。つまり、プロトコールには完全な作成手順が書かれていなかったのである。

    小保方氏の参加によって再現が部分的にできるようになったのは、丹羽チームがある程度の経験を積んだ上で、同氏の手技をあらためて確認することが出来たからだろう。再現にはプロトコールに書かれていない、何かが必要だったのである。

    2015.11.13 Fri l STAP細胞事件 l コメント (0) トラックバック (0) l top
    「STAP現象の検証実験」は2014年4月1日から行われた。同年12月19日にキメラは出来なかったと検証結果を報告して終わっている。このため、世間ではSTAP細胞は存在しなかったとみなされているが、検証実験はある程度、成功しており、私はこの結果はSTAP細胞の存在を示していると考えている。それは次のような理由による。

    STAP細胞は未知の細胞で、今まで誰も知らなかった細胞である。STAP論文はその未知の細胞について記述しており、細胞の作成方法、特徴、特性について詳しく記述され、そしてそれは、検証実験によってある程度のところまでトレースされたからである。

    「STAP現象の検証結果」P4に丹羽チームの再現結果が次のように掲載されている。

    「酸処理を行った細胞を培養したとき、処理群で特異的に細胞塊が出現する現象は、細胞が由来する臓器と酸処理の方法に依存して、再現性よく確認された。最も効率よく、高い再現性で確認されたのは、肝臓由来の細胞を ATP 処理した時で、独立に行った 49 回の実験のうち 37 回で STAP 様細胞塊の出現が確認された。」

    「免疫染色法による Oct3/4 タンパク質の発現の検討では、9 回の独立の実験を行ったところ、5 回で明らかな Oct3/4 陽性細胞を含む STAP 様細胞塊を同定した。これらの結果から、肝臓由来の細胞を ATP 処理して得られた STAP 様細胞塊においては、少数ではあるものの、Oct3/4 を有意に発現する細胞が含まれていると結論した。」

    検証実験の開始をアナウンスした直後の2014年4月16日、笹井氏は「科学研究面に関する資料3」にSTAP細胞の出来ていく様子を次のように図入りで解説している。

    【第1ステップ】 「サバイバル」ステップ(ストレス処理後、最初の1−2日目ごろ)
    【第2ステップ】 細胞の小型化。Oct4‐GFP(多能性マーカー)を弱く発現。(2日−3日目ごろ)
    【第3ステップ】 小さい集合塊の形成。多能性マーカーの発現は弱い(3日−5日目ごろ)
    【第4ステップ】 集合塊はさらに大きくなり多能性マーカーの発現も強くなる(5日−7日目ごろ)

    検証実験結果はこのSTAP論文に記述された内容とピタリと一致しており、第3ステップまでトレース出来たものだと分かる。今までに知られていない現象が記述通りに再現されたという事実を見る限り、STAP細胞はなかったというより、STAP細胞はあったと考える方がはるかに合理的なのである。

    2015.11.12 Thu l STAP細胞事件 l コメント (0) トラックバック (0) l top
    私は「STAP細胞はありま~す。」という立場だが、理由を挙げようとすると沢山あり過ぎて、どれから書いていいか分からないほどだ。思いつくまま、つらつら書くと、まず、笹井氏や若山氏が言及した細胞の特徴である。これはES細胞では説明がつかない。

    ■細胞の特徴
    ①STAP細胞の大きさはES細胞の2分の1程度で、細胞質もほとんどない特殊な細胞であり、その電子顕微鏡写真も撮られている。
    ②ES細胞は増殖能が高く分散培養可能だが、STAP細胞は増殖能が低く、分散培養は出来ない。
    ③ES細胞は胎盤には寄与しないがSTAP細胞は胎盤にも寄与する。
    ④ES細胞でのキメラ作成は細胞をバラバラにして入れるが、STAP細胞はバラすと出来ない。20~30個程度の小さな塊で入れると出来る。

    次に、多くの研究者がSTAP細胞なるものを見たり、取り扱っている。

    ■多数の研究者が観察
    ⑤アメリカの幹細胞生物学者Knoepfler氏のインタビューに「最初、小保方博士が持ち込んだ奇妙な細胞を胎盤胞に注入してもキメラは出来なかった」と答えている。若山氏は、その細胞がES細胞ではなかったことを認識していることになる。
    ⑥若山氏は小保方氏の指導のもと、自分でSTAP細胞を作っている。また、若山研の室員も細胞塊までは作っている。「CDB自己点検の検証について」のP6に次のように書かれてある。
    「②2011 年度末、若山氏は小保方氏から STAP 細胞の作製法を伝授され、STAP 幹細胞の作製に成功した。一方、若山研究室の室員が小保方氏に習いながら再現を試みた際には、いわゆる緑色の細胞塊(Oct3/4-GFP レポーターを発現する細胞塊)は形成されたが、STAP 幹細胞の作製には失敗した。」
    ⑦同じP6に次の記述もある。
    「④2013 年 1 月~3 月、笹井研究室では小保方 RUL が STAP 細胞の作製過程をライブイメージングで観察し、その画像を笹井 GD が確認した。また、笹井研究室の室員が、論文投稿前に小保方氏が作製した STAP 細胞が in vitro で三胚葉系細胞に分化することを確認した。」
    ⑧さらに、丹羽氏も2014年4月7日の記者会見で次のように述べている。
    「小保方さん自身がリンパ球採取からSTAP細胞までの一連の流れというのを、もちろん自分の目で確認をしています。何回ありましたかね。3回とかでしょうか。そこがプロトコールエクスチェンジを書くにあたって逐一、手順を確認する必要がありましたので、そういう作業を行いました。」

    次に調査委員会の報告書で、委員会は「STAP細胞はES細胞の混入」と結論付けているが、真逆の「STAP細胞はある」という結論を出しても調査データには少しも矛盾が生じない。ざっくり言うと、マウスがすり替えられていたなら同じデータになるでしょということである。

    ■調査委員会の報告書
    ⑨調査委員会が調べて分かったのは「STAP幹細胞と酷似のES細胞がある」だけである。ES細胞が混入したという証拠はない。混入したとされる1つのES細胞、129/GFP ESは作成日不明で、それから作ったとされるSTAP幹細胞FLS3より先に作られた証拠はない。さらに言えば、近縁率表から129/GFP ESはFLS3より後に作られたと思われる。従って混入の根拠は崩壊している。
    ⑩ES細胞混入説では「どのように」して混入したかを説明出来ない。ES細胞を浮遊細胞塊にして若山氏に渡したら出来るというアイデアもあったが、それは⑧で否定されている。「誰が」も分からず、「故意か過失か」も分からない。このような脆弱な仮説は仮説としては成り立たない。
    ⑪ES細胞混入説では細胞の特徴①~④を説明できない。
    ⑫既に「ES細胞の混入者はいない」で書いたがES細胞を混入した者はいない。そこで、小保方氏は若山氏から渡されるマウスの種類に無頓着であったと書いたが、小保方氏がそう言っているだけで信用ならんと思うかもしれないが、「CDB自己点検の検証について」のP4に次の記述がある。
    「⑤笹井 GD は、引き続き小保方氏とともに第 2 の論文(ネイチャー誌レター論文)の執筆を進めた。この論文は、CDB の若山研究室で着想され、若山氏の支援を受けて小保方氏が解析し取りまとめたデータを基に作成されており、STAP 細胞が胎盤形成にも寄与すること、STAP 幹細胞の樹立(最終段階でアーティクル論文に編入)、胎盤形成に寄与する幹細胞(FI Stem Cell) の樹立を主要な内容としていた。この論文の執筆により STAP 細胞研究における若山研究室のクレジット及び CDB の貢献が明確となった。 」
    つまり、レター論文の着想は若山研だったので、小保方氏はその内容を知らずにSTAP細胞を作っていたとしても、なんら不思議はないのである。

    さて、もうひとつは「STAP細胞の検証実験」の結果も、STAP細胞の存在を示していると思う。これについては次回、詳しく書くことにする。

    ■「STAP現象の検証実験」
    ⑬STAP検証実験において小保方氏、丹羽チームがそれぞれ、部分的にSTAP細胞を再現している。


    2015.11.10 Tue l STAP細胞事件 l コメント (1) トラックバック (0) l top
    若山氏が論文の撤回を求めても、他の共著者に賛同は広がらなかった。撤回の理由が論文の根幹をなすものではなかったからだ。そこで、若山氏はマウスの系統が違っていたことを自ら公表することになる。2014年3月25日、「STAP幹細胞を若山研で簡易検査をしたところ、STAP幹細胞の8株中の2株から異なる系統の遺伝子型が見つかった」とNHKが報道している。これにより、笹井氏も撤回やむなしという立場になっていったと思われる。

    実際のところ、このとき若山氏にも何が起こっているのか分からなかっただろう。自分たちは間違いなくSTAP細胞をつくりキメラをつくった。しかし、出来たマウスの系統は違っていた。このため、若山氏は第三者機関(放医研)に詳細な解析を依頼したのである。その結果を受け、6月16日、若山氏は記者会見を開いて、「STAP幹細胞を第三者機関が解析したところ、若山研がこれまで維持してきたマウスや細胞のものとは異なるという結果が出た」と報告し、小保方氏が若山氏の許可なく外部からマウスを持ち込んだ可能性を示唆したのである。このときの会見内容は次のようなものであった。

    ①小保方研のFLS3とFLS4については15番染色体の片方の染色体にCAG- GFP 遺伝子が挿入されていた。
    ②CAG-GFP を15番染色体にヘテロで持つマウスがどこ由来なのか、そのマウス個体が STAP 細胞から STAP 幹細胞が樹立された時期に若山研(あるいは小保方研)に生存個体として存在していたのかは不明である。
    ③AC129は渡したマウスは129/Sv-GFPだったが129B6F1だった。


          2014年6月16日若山氏の記者会見

    GFPが15番染色体にあることから①、②のFLSについては若山研にはないマウスなので、マウスの取り違いはないと思ったはずである。しかし、③のAC129についてはマウスの取り違いかどうかは不明であった。

    このとき、若山氏と小保方氏は利益相反の関係にあった。小保方氏を擁護し、STAP細胞はあるというと、違うマウスが出来たことで、それは自分の首を絞めることになる。反対に小保方氏の捏造にすればマウスの取り違いはその陰に隠れてしまう。若山氏は①、②があったので、自分の保身に走ることが出来たのである。

    しかし、結局、後になって、この①、②の解析結果は間違っていたことが分かる。15番染色体にあると思っていたのは、アクロシンという精子が光る特殊なGFPだったので、15番染色体にあるように誤認しただけのことだった。実際には元のマウスは若山研で維持されている岡部マウスであったことが分かっている。しかし、一端、切ってしまったハンドルはもう元には戻せなかったのである。






    2015.11.07 Sat l STAP細胞事件 l コメント (0) トラックバック (0) l top
    共同研究者の若山氏については彼の言動からネット上で真犯人説など疑念が散見されていたが、「STAP細胞事件=ES混入偽装事件」説を唱える私からすると、若山氏もまた被害者の一人であり、その不可解な言動もすんなり説明がついてしまう。

    STAP細胞の存在を一番よく分かっているのは若山氏である。何しろ、STAP細胞を何十回となく見ているのだから。

    2014年4月16日の記者会見で、ES細胞の混入の可能性について聞かれた笹井氏が、「内部細胞塊の初期の細胞を小保方さんが取ってきてSTAP細胞だと言って入れたということは、細胞のサイズの大きさが極端に違うことから世界の若山さんが間違えるわけはない。」と言うように、その道の達人が自分の専門分野で小保方氏に騙されたと考える方がおかしい。

    若山氏はSTAP細胞の存在を確信していたはずである。山梨大に移って、STAP細胞の再現に四苦八苦していたときでも、若山氏はアメリカの幹細胞生物学者Knoepfler氏のインタビュー(2014年2月)にこう答えている。

    「私は逃げない。なぜなら、全ては真実だからだ。しかし、新しい技術は再現するのに時間がかかる。例えば、最初のクローン動物のドリーは論文発表から1年半も再現出来なかった。人のクローン胚のES細胞は論文が掲載されてからまだ、再現されていない。従って、少なくとも1年間は待ってほしい。その間には、誰かがまた私自身が再現に成功すると信じている。」

    ところが、その直後の2014年3月10日、「STAP細胞が存在するのか確信が持てなくなった」として論文の撤回を呼び掛けるようになる。若山氏が撤回を呼び掛けた理由について、NHKは次のように述べている。

    「STAP細胞が出来た重要な証拠の一つである特定の遺伝子の変化が論文発表前には変化があったと報告されていたのに対し、先週発表された理化学研究所の文書では変化がなかったと変わったことを挙げています。さらに研究チーム内の会議に提出された過去の実験データを検証したところ、不自然な画像が見つかるなど、複数の重大な問題が見つかったとしています。」

    漠然とした内容だが、先週発表された理研の文書というのは3月5日の丹羽氏の実験手技解説(プロトコール エクスチェンジ)のことで、「TCR再構成(※)」が見られなかったことを言ったものだと思われる。これについて笹井氏は「①STAP細胞のなかにT細胞が含まれている確率はもともと低い、②マウスは1週齢で再構成が起きている確立もそれほど高くない、③STAP細胞からSTAP幹細胞になるのはその一部である。従って、STAP幹細胞にTCR再構成が見られなかったとしても、確率論からすると不思議ではない。」と述べている。

    実際のところ、これについては若山氏も同じことを思っていたはずである。おそらく、このとき若山氏の頭にあったのは調査委員会の報告書に記述されていた、このことだろう。

    STAP幹細胞FLSから作製した4Nキメラを戻し交配して得た子にGFPを含まないマウスが含まれていた。このことは、STAPFLS幹細胞FLSを作成したマウスは129(CAG-GFPホモ)とB6(CAG-GFPホモ)を交配したF1であるとの、若山氏の認識と矛盾する結果だが、若山氏と小保方氏はこの矛盾について、それ以上の追求をしなかった。

    すなわち、マウスの取り違いの可能性である。画像の疑義から一斉に論文不正の追及が始まっていたので、そのうち掲載データを解析され、論文と違うマウス系統であることが分かってしまうことを恐れたのだと思われる。ひとたび、外部から指摘されると、若山研にとっては致命的なダメージになる。今後、発表する研究の信頼性まで損なわれてしまう。そのため、論文を撤回し、事態を一刻も早く収束させようとしたのだろう。もちろん、マウスの取り違えは若山氏のミスではなかったのだが。

    2015.11.06 Fri l STAP細胞事件 l コメント (0) トラックバック (0) l top