明治大学大学院情報コミュニケーション研究科主催のシンポジウム「メディア報道の罪と罰〜PC遠隔操作事件と本庄トリカブト殺人事件を追う」が26年11月26日、明治大学リバティタワーで開催された。そこでパネリストとして出席した「本庄トリカブト殺人事件」の弁護団長、高野隆弁護士は実に興味深い話をしている。

     「本庄トリカブト殺人事件」の被害者、佐藤修一の死因は溺死だったが、遺体からは微量のトリカブトの有毒成分アコニチン系アルカロイドが発見されていた。そして共犯とされた武まゆみがアンパンにトリカブトを入れ殺害したと自白したため、主犯の八木茂が死刑判決を受けている。しかし、この裁判で武の供述調書203通を調べた仲 真紀子教授は、武がトリカブトで殺害したという自白は、取調室で創られた偽りの記憶であり、信用性は非常に低いと証言していた。

     通常イメージする虚偽自白は、長い身体拘束の苦痛やストレスに耐えられずに自白するもの或いは取調官の脅迫又は刑を軽くしてやるという「約束」に迎合してしまうというものである。つまり、自分が犯人でないことを知りつつ、自白してしまうタイプのものだ。しかし、自分が罪を犯した犯人であるという記憶が無かったにも関わらず、最終的には自分がやったと被疑者が納得してしまう「納得型虚偽自白」というタイプがあるという。武は法廷で「検事の取調べにより抑圧された記憶の蓋がとれて救われた」とも供述している。

     この武の取調べは調書203通という長い時間をかけ行われたもので、仲教授はその過程で偽りの記憶が創られていったというのである。つまり、検察に出される課題をこなそうと自ら記憶を創っていったのである。弁護団はこの事件を長期間に及ぶ密室での取調べによって作られた壮大なフィクションに過ぎないと言っている。武は毎日の取調べの様子を以下のように細かく日記に付けていて、それは大学ノート10冊にもなっていた。

    11月2日
    思い出すこと
    ☆ 佐藤さんにアンパンを食べさせた後の状況
    ☆ 佐藤さんをふとんで押えた時の佐藤さんの状況(武ノート5冊目:11/2)

    11月9日
    今日は刑事の調べだった。
    刑事の調べ。
    宿題
    ☆ 佐藤さんの死体を運んだ時のようす
    ☆ 八木さんが,佐藤さんが死んでいる確認したときのようす
    ☆ 佐藤さんの死ぬ時の絵,死体の絵(武ノート6冊目:11/9)

     弁護団は、再審請求をさいたま地裁に行っていたが再審棄却となり、即時抗告を行っている。東京高裁では被害者の死因を特定するため、保管されていた臓器の再鑑定を行うことを決定、再鑑定の結果、心臓、腎臓、肝臓から利根川の珪藻が検出され、溺死だったことが既に明らかになっている。死亡した後に川に捨てられたなら肺以外の臓器で珪藻が見つかることはないのである。これにより、唯一の直接証拠であったトリカブトで殺害し、川に捨てたという武の証言は根底から崩れてしまった。

     もともと科捜研でも腎臓から珪藻が見つかったことにより死因は溺死であると鑑定していた。それを検察が無視し、武の自白により死刑が確定したものである。ここまで書くと「PC遠隔操作事件」が「本庄トリカブト殺人事件」と同じ構図をもった事件であると思わざるを得ない。

     雲取山のUSBを埋めた場所を間違えたという事実は溺死の事実に匹敵する。つまり、被告はUSBを埋めておらず、犯人ではないことになる。そしてこの事実は、雲取山の供述だけでなく、彼の全ての供述の信用性を失わせるものである。

     武は取調べ検事にこのまま否認すると八木と同様、死刑になると脅されていたことが分かっている。このため、検察に与えられた課題に答えるため、偽りの記憶を創っていったのである。一方、片山被告の自白では検察の取調べは行われていない。しかし、真犯人メールを出すためには犯人性を高める必要があった。メールは1か月程かけて作ったというので、その間、武と同じように自ら犯人としての偽りの記憶を創っていったものと思われる。

     「本庄トリカブト殺人事件」において被害者の死因が溺死であったことが無視されたように、雲取山のUSBも無視されている。これは大きな問題であるが、さらに悲劇的なのは、この「PC遠隔操作事件」においては誰も無罪を主張する者がいないということである。



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    2014.12.11 Thu l PC遠隔操作事件 l コメント (0) トラックバック (0) l top
     「PC遠隔操作事件」では被告が犯人だとする直接証拠はどこにもない。犯人と思われる状況証拠があるだけである。しかし、検察が主張する被告の「単独犯」説では説明が付かないものがあり、また「単独犯」説を完全に否定する状況証拠もある。事件が被告の犯行なら否定する状況証拠はないはずである。それが複数あるというのはこの「単独犯」説が間違っているということに他ならない。状況証拠は「単独犯」という仮説の中には収束しないのである。

    単独犯説500


     かといって、佐藤弁護士が当初、主張していた単純な「冤罪」説でもその状況証拠は説明出来ない。「単独犯」でも「冤罪」でもダメで何か別のものを考える必要があった。あれだけすったもんだした事件である。AでないならBという単純な構造にはなっていないということである。

     ここで、真犯人が被告を犯人に仕立て上げようとした「冤罪」説をベースにひとつのある仮説を加えると、状況証拠はその仮説の中に収束してしまう。それは、被告は「無実」だが、「被告が真犯人の意図に気付き、自分に不利な証拠を隠蔽した」という仮説、「無実隠蔽」説である。もちろん仮説であるが、その内容をみてもらえば、いたってシンプルで複雑な論理ではないと分かって頂けると思う。

    無実隠蔽説

    ● 雲取山供述:被告が供述した雲取山の山頂での状況は同日、登った多くの登山者が投稿した内容と矛盾する。被告が頂上についたときは、既に多くの登山者が登っておりUSBを埋められる状況にはなかった。
    ● USB位置誤認:被告が雲取山の山頂にUSBを埋めたと供述した場所は実際にUSBが見つかった場所ではなかった。被告は写真上で指す位置を間違えた。犯人なら間違いようもないものである。
    ●供述の変遷:自白後の供述内容でiesysの開発場所が乙社から自宅に、神奈川新聞の購入場所が分倍河原から武蔵小杉に変遷している。犯人なら変遷するはずはない。
    ● 秘密の暴露なし:自白後も犯人からの送られてきたメッセージ以上の供述はない。新しく分かったのは江ノ島の猫をplay sportで撮ったということぐらいで犯行に結びつくものを供述していない。
    ● 証拠隠滅:犯人と疑われるものを自分で処分しているが、これは自分が犯人として逮捕されないための自己防衛。
    ● 乙社ログ履歴:乙社での事件に関係する報道サイトへの閲覧が数万件ある。犯人が被告をサイバー捜査の網に引っ掛けるために行ったもの。
    ○ 丙社ログ履歴:犯行告白メールが公になる前にその内容に書かれたサイトを閲覧している。これは真犯人が被告を犯人に仕立てるため、あらかじめ被告のPCにメールを保存し、それに気付いた被告が書かれている内容を見たからである。
    ○ アカウントログイン:犯人しかしらないメールアカウントにログインしていたが、これは捜査資料をみれる立場にいた被告がその資料からパスワードになるヒントを見つけたからである。
    ○ 首輪装着:複数犯なら被告が首輪を付けたと見せかけることが出来る。
    ○ 自作自演メール:メールを作るきっかけになったのは3月15日の公判でプログラマーとしての能力の低さが露見し笑い物になったから、世間を見返すため。河川敷から送ったメールにも秘密の暴露はない。
    ○ 自白:自作自演メールを出していたので、それでも自分はやっていないとは言えなかった。

    詳細については以下をクリック。

    ● 雲取山供述      ○ 丙社ログ履歴
    ● USB位置誤認    ○ アカウントログイン
    ● 供述の変遷      ○ 首輪装着
    ● 秘密の暴露なし   ○ 自作自演メール
    ● 証拠隠滅       ○ 自白
    ● 乙社ログ履歴 

    2014.11.17 Mon l PC遠隔操作事件 l コメント (4) トラックバック (0) l top
     被告が「全部、自分がやった」と打ち明けたのは5月19日(月)の夜である。その翌朝、佐藤弁護士と面談し、犯人として事件の内容を打ち明けている。それをそのまま佐藤弁護士が信じたのは、犯人の使っていたメールアカウントにログインしていたという事実と事件について話した内容に納得したからであろう。

     犯人でもない被告が犯人として事件の内容を話せたのは、自作自演メールを作っていたからである。自作自演メールは犯人からのメッセージとして犯人性を高める必要があった。このため、捜査資料を読込み、事件の内容を把握して、被告は自分なりの犯人像を作り出していたのである。被告はこの自作自演メールを一か月程掛けて作ったと言っている。

     しかし、実際に公判が始まってしまうと、犯人として供述するのは苦痛そのものであったろう。犯人であればどのような質問にも即座に答えられるが、被告はどんな被告人質問になるかを非常に気にしていたという。これについて8月7日(木)の第15回公判後の記者会見で佐藤弁護士は次のように話している。

     接見をやっているんだけども、どういう質問があってどういうように答えたらよいか、すごく気にするタイプの人で、我々がどう理解しているかを示す意味でも、インタビューした結果についてまとめたような形で示してもらうというか、インデックス(目録)があることをすごく好む人です。何でも聞いてくださいということでは全くありません。

     IT関連の証拠は特別弁護人の野間氏と一緒に検討しており、ある程度のことは答えられるだろう。また、質問する検察もIT専門家ではない。しかし、その他の内容について、新しい質問があったら、やってもいないので答えようもないのである。

     これを助けたのは、再収監後の検察による取り調べであったろう。被告の自白があってからは弁護団も録画なしの被告の取り調べを認めている。結局、取り調べにおいて検察が持ち出すストーリーを被告はそのまま踏襲していったと思われる。検察がいろいろ質問することで、被告はそれを覚えて答えたのである。雲取山に関する供述をみると、そのことが手に取るように分かってしまう。自白した供述に秘密の暴露がなく検察のストーリー通りであったのはこのためである。また、検察だけではなく弁護人からの質問も同様に想定問答集があるようだ。第15回公判後の記者会見で今日のやりとりの中で想定外のことはあったのかという質問に特別弁護人の野間氏が次のように答えている。

    言い忘れはありました。想定問答の中では書いてあったけど、言わなかったことは幾つかあったと思います。それが深い意味があるかどうかはよく分かりません。

     この事件は被遠隔操作者も6人、脅迫メールだけでも14件と多岐に渡っており、犯行告白メール、ラストメッセージ、雲取山、江ノ島等さまざまな被告人質問が出されるため、公判が進むにつれ被告の精神は極限に達していったと思われる。8月7日(木)の第15公判を傍聴したkensyo_jikenboさんはそのときの被告の印象を次のように書いている。

    (kensyou_jikenboブログから)
    入廷時に見たら、髪の毛がボサボサで、上はTシャツ、下はジャージのズボンでシワが多い感じ。拘置所にいて服装に気を使ってなくても仕方ないだろうが、それにしてもヨレヨレというような印象。初めは前回7月30日と一見似たような雰囲気と思ったが、見ていると全体的にヨレヨレの度合いが進んだ気がした。そして何より、入廷から証言台横の控え椅子に座っているところまでは表情が見えたが、「目が浮いている」という感じがした。普通だと「目が泳いでいる」という表現になるのかも知れないが、その時は「泳いでいる」というより「浮いている」ように当方には見えた。前回はそこまでの印象はなかった。

    それが被告人質問に答える段になると、前回にも増して淀みなく答えている印象。しかも質問されてから答えを始めるまでの間が殆ど無く、反応が非常に早い(あー、とか、えー、や沈黙を入れて一旦考えてから話すようなことは無い)。受け答えがしっかりしていて、外見の様子とのギャップが大きすぎて驚いた。
    (終わり)

     この後、犯行に関する被告人質問が終わり、被告は精神的に落ち着きを取り戻していったようだ。11月4日(火)の第18回公判では、今までの目が宙に浮いたような感じは殆ど無く、被告人質問への答えは、声がハキハキしていて力があり、保釈後の頃に近づいた印象だったとkensyo_jikenboさんは書いている。

     7月30日(水)の第14回公判で被告は雲取山のUSBを埋めた位置を間違えてしまったが、誰にも気づかれなく、第16回公判で少し話題になっただけで、なんとか無事に被告人質問を乗り切ったのである。



    2014.11.16 Sun l PC遠隔操作事件 l コメント (0) トラックバック (0) l top
     被告は平成25年2月10日(日)に逮捕されている。被告は無罪を訴え、冤罪請負人である佐藤弁護士が弁護することとなった。強力な助っ人が現れ、被告としては心強かったことだろう。佐藤弁護士は冤罪を確信するが、被告は証拠を自ら処分したことまでは言わなかった。言うとやはり、自分が犯人と疑われると思ったからだろう。佐藤弁護士が積極的に情報公開をし始めたことも被告が言い出せなくなった理由でもあるだろう。3月5日(水)の保釈後、佐藤弁護士は被告を積極的に公の場へ連れ出し始める。被告としては証拠隠滅をしており、それには触れられたくないので、本当のところ出たくはなかったことだろう。被告を診断した長谷川氏はツイッターで次のように書いている。

    (長谷川氏ツイッター 2014年11月1日-10:55)
    被告人の「やめてください」と言えない性格を抜け道として、弁護人(代理人)として期日の度に毎回会見を開き、被告人の望まないことまで調子に乗って話し続けるのは、見ていて痛々しかった。保釈後にあちこち連れ回して冤罪や取り調べについて話をさせたことも、然り。

     被告は自分で証拠を隠していたので、弁護人ほど無罪になる確信はなかったと思う。そのような状況下で起こったのが、3月25日(火)の第5回公判と公判後の記者会見の出来事である。被告がC#で書いたプログラムはバグだらけで使い物にならず、結局チームリーダーのI氏が全部書き直したという話が出た。プログラマーとしての無能さが露呈し、被告は世間の笑い物にされてしまった。被告の無罪を勝ち取るためとはいえ、弁護団は被告の無能さをアピールしたのである。被告はこの弁護をどのような気持ちで聞いていたのだろう。被告はこれをきっかけに自作自演メールをつくり、世間を見返すことを思い立ったのだろうと思う。しかし、河川敷の行動を見られていたため結局、被告の思惑は失敗してしまった。

     被告はここで、自作自演メールは出したが、自分は犯人ではないということも出来た。しかし、被告は言い出せなかった。冤罪だと信じて応援していた多くの人々からの「この後に及んで何を・・・」という痛烈なしっぺ返しが怖かったからだろう。自作自演メールを出しながら、それでも自分はやっていないとはなかなか言えないものだろう。自分がやりましたと言う以外になかったのだと思う。逆に、罪を認めることにより無能なプログラマーの烙印を払拭し、できる奴だったという甘美な称賛を手に入れることも出来るのである。

    2014.11.15 Sat l PC遠隔操作事件 l コメント (0) トラックバック (0) l top
     この一連のPC遠隔操作事件の始まりは平成24年6月29日(金)の横浜CSRF事件であり、犯人が誤認逮捕されたのは7月1日(日)である。被告は自分自身も脅迫メールで実刑判決を受けており、この脅迫メール事件については非常な関心を持っていたはずである。乙社のPCで、事件に関する報道サイトの閲覧ログが数万件あったというが、単に遠隔操作による機械的な閲覧ばかりではなく、被告自身もかなりの頻度で閲覧していたものと思われる。このため、自分の存在を捜査機関に知られないようTorを使っており、これが結局、サイバー捜査の網に引っ掛けるという犯人の企みが失敗した理由であると思われる。

     被告は事件が起きる6月頃にはソフト開発が思うように進まず悩んでいたという。これについては度重なるソフトの仕様変更にも原因があったと甲社社長は証言している。公判中に臨床心理士の長谷川氏によって被告は「自閉症スペクトラム」と診断されているが、自閉症のイマジネーション障害(臨機応変に対応する能力の欠如)と捉えると、度重なる仕様の変更が被告にとっていかに負担だったのか想像に難くない。こういう状態での脅迫メール事件の発生は遅れた仕事に、さらに追い打ちを掛けたであろうと思う。被告はその後まもなく、心療内科を受診(7月11日(水))するほどになっている。

     ソフト開発に悩んでいるということはプログラムのロジックを考えることはもちろん、プログラミング言語をみることにも支障をきたしていたのではないかと思う。そのような被告がiesysというマルウェアだけは開発出来たとはとても思えない。断酒会に入りながら、つい酒に手を出してしまう依存症はあっても、ソフト開発に悩み、心療内科を受診しながら、iesysの開発に没頭するなどというのはあり得ない話だろう。

     また、iesysの機能は豊富で、したらば掲示板を使うなど多様な環境で動作しながら、一つの命令を実行するという非常にシステマチックな構造である。自閉症スペクトラムの症状を持つ者には難しいプログラム構造であると思える。被告はシステムと呼べるものを組んだことがないと供述しているが、これは彼の病状と関係していると思われる。単体では優れたプログラムを作れるとしても、組織的、体系的に動作するソフトは作れないのではないかと思う。

     結局、乙社を退社し、丙社に移るが被告の事件への興味は衰えることなく、社内のPCから事件関連のサイトを見続けていたことになる。丙社ではTorが使えないので、生のIPアドレスで見ており、それが10月1日から10月9日までのサイトの閲覧ログに残っていたのだろう。しかし、生のIPアドレスで見続けることは危険であり、被告はLogMeInを使って自宅のPCを遠隔操作し、そこからTorを使って閲覧することを思い付いたのだと思う。そうしているうち、自分が犯人にされようとしていることに気付き、状況は悪化して、12月1日(土)からの休職になっていったと思われる。


    2014.11.15 Sat l PC遠隔操作事件 l コメント (0) トラックバック (0) l top